『言葉ははかない』がうまれるまで 09

☆スピッツと出逢ったのが1991年。
撮影を続けてゆく中で、内藤さん自身の生き方や考え方も変化しつづけていますよね。

そう。俺自身が撮影活動をはじめた20代前半は、みんなが何かを変えようとしていた時代だった。その中にどっぷりいたけれど10年経った時、もう一歩先 へ進みたいと思ったんだ。ビジネス化していく音楽界の中にいて、音楽写真を続けることの意味を俺なりに考えていた時期だね。

転機の時にはさ、いろんなことが奇跡のように起こるんだよ。スピッツと出逢った時期が、ちょうど俺自身のライフスタイルも変化する時期だった。都会から引っ越して「田舎の生活」のような暮らしをはじめて、貯金は0円だったけどキラキラ楽しかったなあ。

自然のまっただ中にいたから、すべてが新鮮だった。山を切りひらいて家を建てたんだ。水道も来ていない場所だから、水の確保からだよ。地下70メートルくらいから地下水を掘り上げた。

その最初の水で風呂に入った時にね、その水がこれまで見ていた水とはまったく違うものに思えたんだよね。それまでは蛇口をひねれば当たり前に出てきた水だったけど、水って本当はこんなに大切なものだったんだと、その時にはじめて知ったね。

だから「青い車」の詩が、ものすごくリアルに響いてきた。

ハーブもいろんなものを育ててたね。乙女心が芽生えたのは、その時代かもね(笑) 俺はさ、モミジが好きなんだ。春になるとさ、それまでは何もなかった 枝から芽が出てくるでしょ、赤ちゃんの手みたいに。それを見て“きゅーん”となってた。マサムネ君は天才的な目線や感受性を持ってるけどさ、俺はいたって 普通。ただ“きゅーん”(笑)

 

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