『言葉ははかない』がうまれるまで 24

スピッツのライヴ現場がなかったら、今のようにフォトグラファーをつづけてこられたかどうかわからない。

俺は、彼らの写真を撮りつづけてこられたことに、本当に感謝してるんだ。何度も言ってるから、しつこいよって言われそうだけど、スピッツの4人と彼らの音楽を支えてきた日本中にいるチームスピッツに、ありがとうって言いたかったんだ。

一番最初にスピッツを撮影したのは、メジャーデビューアルバム『ヒバリのこころ』のPV撮影の現場で、当時のスピッツの所属事務所の高橋社長に声をかけてもらったのがきっかけだった。

スピッツがデビューするときに、高橋社長が彼らに関わるいろんな会社の方たちに「ベテランじゃなくていい。経験を積んでない新人でもいいから、スピッツ のメンバーと同年代のスタッフを担当にして欲しい」とお願いしたという話があるんだよね。もう歴史が長すぎて誰から聞いたのか覚えてなくて、俺がただそう 思い込んでいるだけなのかわからないけど。

そういうことを社長自ら言わなければ、彼らの担当スタッフには当時の一流スタッフが勢揃いしたと思うんだ。年齢層は30代後半とか40代とか? 実際に集まってきたのは、20代の若手スタッフたちで、当時はバイト君たちもいたんじゃないかな。

ライヴをつづけてゆくってことはさ、音楽を演奏している時間だけじゃないんだよな。一緒に旅をして、一緒にメシを食って、一緒に酒を飲んで、ものすごくくだらない話をして・・・。一緒に時間を過ごしてゆくことなんだよね。

現場が楽しいってのは、最高の音楽を奏でるための最低条件なんだよ。同じ一音を奏でるのでもさ、アーティストの心の状態で出てくる音は全然変わってく る。人を大切にするってことは、自分を大切にすることでもあるし、そこから生まれてくる音楽を大切にしてるってことなんだよな。

ずっと一緒に仕事をしてる仲間が全国にいるって、ものすごいことなんだよ。こんなバンドは日本にはほんとうに数少ないんじゃないかな。今はそれぞれ会社 の偉いさんになってたり、独立して立派な看板を掲げてるヤツもいるけどさ、スピッツの現場に来ると20年前とノリが変わらない。当時は若造だったけど、今 となっては日本有数の超一流技術者が、長年のチームとしての経験や空気を理解し合って仕事してるから本当に早い。言葉がいらない現場。

仕事なんだけど仕事を超えていて、やっぱりさ、愛なんだよな。スピッツの音楽は、そんなヤツらによって創りあげられてきた。俺はスピッツの現場に立つと 「あー帰ってきた!」ってホッとして、ヤツらの顔を見るとうれしくなって、音の粒で癒やされて、細胞を奮い立たされて、そしてまた生き返る。

俺は7歳年上だけど、かろうじて生き残ってきたよ(笑)
チームスピッツにありがとうって言いたくて、でも照れくさいじゃん。だから、写真集を贈りたかったんだよな。

 

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